ボツにされた記事の方が面白い

ボツになった記事などを掲載してゐます。よその媒体の取材中に、ゆくりなく逢着する情報は、媒体にとっては無価値だからこそ、この紙幅で至福の記事になる…かもです。

人身事故の現場を見ました

 鉄道の、謂はゆる人身事故の現場に、先日はじめて逢着いたしました。

 階段を降りてプラットホームに出ると、入線する電車が長く警笛を鳴らした。それから三両ほど入線したところで停車した。

 それは去る令和8年4月9日(木曜日)、JR京浜東北線・港南台駅着の上り電車であり、事故はこの電車が定刻どほり午前11時19分に駅に到着せむとした際に起きました。

 すいてゐる時間帯だった。下車する際の都合でホームの下り側に向かって歩いてゆくと、その事故を目撃したおぢさんがゐた。おぢさんは「やめろよ、と言ってる間に飛び込んでしまった」と話してゐた。

 それで誰かが自裁したのだと判った。飛び込んだのは30代の男性ださうで、彼は電車が減速する直前に己の身体を電車にぶつけるために、ホームのいちばん下り側の端からホームドアを乗り越えて、上り電車に身を投げたのでした。

 鉄道は摩擦抵抗が少ないのでエネルギー効率がよろしく、謂はゞ滑るやうに走るから、大量輸送に向いてゐる乗り物でございます。そのかはり自動車のやうには急停車できない。だから仏さんは、なんと電車の三両目か四両目の下にゐた。

 駅員が我々に放送で状況を知らせた後で、すぐに警察官が走って現場に来た。それから担架を持った消防士たちも来た。

 これがしばしば耳にする「人身事故」といふものだった。

 駅で電車を待ってゐた人々も、はじめ写真を撮って遊んでゐた下校途中の高校生たちも、事情が分ってからは誰もが、まるで何事もなかったかのやうに静かに晏然としてゐた。小欄以外に事故現場を見ようする者はひとりもなかった。その上り電車のなかに閉じ込められた乗客たちも、誰も立ち上がらずに、黙って座って車掌の指示を待ってゐた。むかし高倉健が主演した『新幹線大爆破』といふ映画がありましたが、あの荒誕な映画みたいに我先に下車させろと騒ぐ者は、わが国にはゐなかった。

 ときどき「自殺するひとが多いから、日本は外国よりも生き難い、不幸な国だ」といふひとがある。

 小欄は北米で暮らしたことがあるから、それがあべこべの結論だと分かる。日本では飲料水も安全も無料であり、およそ生命に関はるやうな難儀に遭遇することはない。でも外国での生活は違ふ。社会には格差が厳然としてあるし、その酷烈な現実は人々に明日の保証を与へない。すなはち彼らにとって絶望は茶飯事ちやめしごとであった。そこでは人生とは「生き残る」ことであった。だから自分から死を選択する発想にはならない。すると日本人には、ぜんぜん絶望といふものに耐性がないことが分かる。

 その事故で足止めされた人々は、は晏然といふよりも、黯然としてゐた。

 井上陽水の古い歌に『傘がない』といふのがありました。あれは「都会の人々の無関心」つまり「他人に我関せざる世情」を歌ったのだと解釈する人が多かった。それは誤りだ。見ず知らずのひとの死に、あの歌は泣いてゐるのでした。何もしてやれなくて泣いてゐるのでした。だから皆は一様に黯然としてゐたのでせう。

 これを同胞愛などといひますが、いったい同胞とは「同じお母さんから生まれた兄弟姉妹」をいふ字義でした。つまり、それが見ず知らずのひとであっても、その死に立ち会ったとき、さやうに悼むことが私たちにはあるやうでございます。

 それから2時間11分が経過した13時30分に、運転が再開されたさうです。

R8.4.12  ミソラ通信

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「日本古来のマツリゴト」と「欧米式のデモクラシー」その政体の都鄙

いにしへのふるき堤は年深み池のなぎさに水草生ひにけり

万葉集 巻三-三七八

 かうして昔のひとが、そのまた昔のひとが造った堤に見る情景は、あるいは私たちが明治の近代化遺産に見る情景と同質かも。

 自然とは「自づから然り」ですから、ひとの手などの、他者の意思が介在してをらない状態をいふのでした。だから世界中どこでも「自然公園」とは、ひとが入ることを制限した地域を指呼します。

 たゞし、わが国の「恵み豊かな自然」はさにあらず。

 北海道の開拓史に目をさらすと、それはすなはち「石ころとの戦ひ」であった。ひたすら先人たちは大地から石ころを除ける。それは川が運んできた石ころだった。河水が肥沃な土と一緒に大地に運んで来た石ころだった。近代史ではないから同様の記録はないけれど、それは古代の内地も同じであった。自然の河川は地図のやうに、同じところを流れてはゐない。それこそヤマタヲロチのごと好き勝手なところを、野を越え谿たにたにを渡って流れてゐました。

 縄文時代の遺跡は平野部のみならず、全国の高台にも沢山あります。すなはち方々の丘の上に大昔の村の痕跡がある。そのころ大八嶋國には、神話の「因幡の白兎」のくだりにある描写のやうにワニが棲息してゐた。

 なにも先人は鰐を恐れて高台に住んでゐたのではなかった。洪水を避けて丘に住んだ私たちのおやたちは、その稲が自生してゐた、気候が熱帯だった時代に丘を下った。そして荒ぶることの他は何ひとつ知らなかった私たちの国土は、祖たちの手が入ることで、その姿を一変させたのでした。*1

 まづ堤を普請して川が同じところを流れるやうにした。さもなくば氾濫によって石ころばかりになってしまふ平野が、墾田によって均されると、自ら温順な壤を布いて沃地になった。農業用水を保つための間伐は山林に健やかな遷移をもたらして植生を豊かにし、かゝる水源から遍く瀰々たる疎水が引かれて、野道をゆけば靴が鳴る。さうして私たちの国は永遠に楽しく健やかになった。昔むかし天神アマツカミがイザナギのミコトとイザナミのミコトに詔りたまはく、

「このタヾヨヘル國を修理つくり固め成せ」

 大八嶋國は、さうして修理つくり固められた国土でした。*2

 これを治水事業(ないし利水事業)といひますが、しかしさやうなことを言はれても、もはや今日の私たちには、その価値がさっぱり分からない。明治の御代に、わが国の里山の風景を見たイギリス人の旅行者が「東洋のアルカディア」とそれを描写しました。このアルカディアとは理想郷や桃源郷を意味します。これはイザベラ・バードの『日本奥地紀行』でしたが、さうして西洋人に褒められて、はじめて私たちはその価値を認める。

 その大八嶋國で、いま毎秋かならず村や町が洪水で流され多くの人命が失はれるやうになった。ひとは「気候変動が原因だ」と口々に言ひますが、それは小欄がおのれの足で行って見てきた実態とは違ひます。

 治水事業は大昔から、寄合よりあひからの要望があって普請されてきました。

 寄合とは地域の担ひ手が全員参加する会議であり、その場は地域毎にお祀りされてゐる神社の境内に設置されてゐます。かゝる神社は上代ないし、それ以前からあった。このごろ私たちが好んで用ひる西暦よりも、あるいは近年になって学問的には懐疑されることが多い大陸の「古代史」よりも、神社かむやしろは古くからあったのでした。爾来その地域のことは治水から草刈りに至るまで、すべてこの小さな議会で決定されてきた。

 今も寄合が「これをやるべし」と決定した事業を役場が霞ヶ関に要望し、国会審議を経て予算がついて、県営でそれが施工されます。その過程を小欄は公共事業通信といふ媒体の仕事で四年に亘って、その現場に立って具に見てきました。ヘアスタイルや服装は変はっても、実に日本人はこのマツリゴトを今日まで続けてきたのでした。

 マツリゴトとは何か。それは私たちが神社の「宮司さん」ないし「神主かんぬしさん」と、いま呼んでゐる神祇官を通じて朝廷みかどに上がってくる地域の要望を天皇すめらみこと所知看しろしめし、大君のまつろ宿禰すくねがこれを施行することでございます。むらごとの利害関係などが調整されたうへで、えだちといってその地域から人足が集められて治水や開拓の、事業の施工がはじまります。私たちは今日「役立やくだつ」といふ言葉を使ひますが、皆のために役立つからエダチといふ国語があったことがこのことからよく分かります。

 みつぎもまた男性は保存がきく米を、女性は衣類を大蔵省に納めることが定まってゐました(賦役令)。だから凡そわが国の税は災害への備へであったことが判ります。ミツギとは「次世代に残す、引き継ぐ」といふこゝろの古い国語で、税の字は後で大陸から入ってきた漢字のなかから適当な字を選んで充てたのでした(つまり国語においては多くの場合さうであるやうに、この言葉もコトバに対して字義が必ずしも合ってゐない。なぜなら日本と外国では国民の価値観も習慣も異なる、だから国語と外国語ではそれぞれの言葉の概念が一致しないことが多いやうです)。*3

 第一次産業を主な生業としてゐる人々は今も神社の行事を中心にして暮らしてゐます。だから彼らにとって神事と生業とは古来同義であった。しかし今日この寄合で決まったことが当事者ではない人々の投票行動、曰く「公共事業は無駄だ」「コンクリートから人へ」といふ意思表示によって阻まれるやうになりました。古歌ふるうたに曰く、

あらかねのつちにしてはすさのをのみことよりぞおこりける

 ヤマタヲロチを退治することから始まったこの大八嶋国は、治水をしなければ暴れ水の国土でございます。つまり平穏無事なのはみんなのマツリゴトの成果でした。およそ気候はいつも変動してゐます。だから今どんなふうに治水をすべきかを、常に水と対峙してゐる邑民たちは分かってゐます。しかし彼らは都会に住む当事者ならざる人々の、数の力には抗へませんでした。そして虚しく死んでいった。これまで投票を通じて示した民意を、私たち有権者は「気候変動」や「政治」の所為にして、いまだに明確に修正してゐません。一度示された民意は、内閣が代はっても尊重されなければなりません。それが私たちが何よりも大事に奉る、曰く「民主主義」ではないか。

 すはなちアルカディアの破壊は、まだ序の口なのです。

R8.4.4  ミソラ通信

 

▼ミソラ通信がポスト致しました関連動画です

本件の入口

本件の実態

*1  小欄ミソラ通信の動画が、くだんの一節を朗読いたします

*2  小欄ミソラ通信の動画が、くだんの一節を朗読いたします

*3 大蔵省の大の字の、その公の意にむかへて、小職だとか小書とかいふやうに「ワタクシの」といふ意で、小の字が国語ではしばしば用ひられます。すなはち大蔵省の「大蔵」の字義は「みんなの貯蔵庫」ですが、かゝるオホの用例は古い国語には多くあります。台風の罹災者に──恣意的な基準を設けるなどして──充分な支援をしなくなったのは、同省がその名を改めた所為か。

敵意のコメント、その正体を一瞬で確認する方法

 街頭で外国人問題の是正を訴へる有志があると、そこに必ず横訛の英語で「人種差別主義者レイシスト!」と有志を罵る者共が参集します。

 これがボランティアではなく動員であること、また彼らがわが同胞でないことは、今更あらためて剔抉するまでもないことでございます。その挙措を観察すれば、なるほど彼らが、すでに私たちの同胞でないことは明らかなのだから。だからといって、それは推し量りでいふのではなかった。それゆゑの純粋な敵意であって、すなはち彼の表現は公論に類するものでは全然なかった。またウェブ上でも彼らは、皇族を悪罵するなど様々な書き込みをしてゐる。これも無論わが同胞が書き込みをしてゐるのではなかった。では姿が見えないウェブ上で、いかにしてコメントぬしの正体を見破るのか。実はこれは次の、僅か二つの特徴から、一見して確認することができます。

 1. 私たち日本人に対して同胞意識がなく、多くの場合、強い敵愾心を表す。

 2. 国語力が15歳で止まってゐる。

 この2については、およそ彼らは16歳から朝鮮高校に通ひますので、どうしてもその言語に顕れる。すなはち読解力と筆致にこれは必ず顕れるので、一読して分かります。また朝鮮高校は「高校」とは名ばかりで、もはら反日教育をしてゐますので自づと私たちに対して攻撃的になり、当然1になって顕れる。この二つの特徴の両方に該当するとき、概ね彼の正体が分かる。

 かうして忽ち正体が分かると、その扱ひが違ってくるはずです。

 たゞし今日の私たちに、はたして彼らを毅然と咎める資格があるだらうか。

 今やわが同胞にも、同胞意識が稀薄な者が少なからずある。そして同胞に牙を向くのだから、くだんの在日朝鮮人は疎か、これは畜生と同等ではないか。さやうに私たちが偏頗かたておちに陥らざるためにも、今日は本件の背景をあらためて確認してみませんか。

 

サベツとは何か

 掲載先の迷惑にならないやうに、小欄は国名を伏せて書きます。

 皆から頻々と姿色を褒められる女の子が、旅行の話題を潮に隣国の公用語の日常会話を披露した。

 なかなか流暢なものだな。

 さう感心してゐる場合ではなかったので、かう水を差しました。

「とりわけ君のやうな芳紀の女性は、強姦の対象になるから、不用意に某国語なぞ口にせぬがよい」

 すると、その場の潮が引いた。何となれば、それは謂はゆるサベツだからだ。

 まさしく小欄は「サベツ発言」をしたのだった。

 たゞし「サベツはひとの命や財産を守るためには、ある程度必要なものだ」といふことが、次のことから分かる。

 その某国人に、互ひに「刎頸の友!」と自認して憚らぬ友が、小欄には二人ある。二人ともかつての学友であり、彼らの生家に泊めてもらったこともあった。だから小欄は彼らの正体を知悉してゐる。

「およそ某国人の男は、おのれの母とハラカラ以外の女を、それが美人で成行が許すならば、力尽くでほしいまゝにしても構はないと思ってゐる」

 この巷説は事実であった。

 たとへば叔父が姪を陵辱することは充分にあり得ることだといふことを、小欄は知ってゐます。ハラカラとは、いふまでもなく異母兄弟姉妹コトハラに向かへていふ言ですが、だから「己の母とハラカラ以外」と申したのでした。したがって──たゞ悪意を以て報道されないだけであって──日本女性の被害も顕著にある。

 現にわが国との強姦件数を比較すると、人口10万人あたりの発生件数は、わが国の年間5件に対して、某国は46件と、数字にも著しい差が顕れてゐます。それでも各国と比較すると、それはまづまづ平均的な数字だ *1 。たゞし強姦が茶飯事の国では、女は訴へない。

 それから実入があると、彼らの多くはまづ妓女を買ひに行く。その習慣は中世の王朝がはじめた公娼制度に起源があった。すなはち彼らに言はせれば、それは「国の伝統的な事業」であり、買春は立派な某国人の男にとって、当然の嗜みであった。国是ゆゑに妓女たちは、およそ人間の尊厳とは無縁の生活をしてゐる。彼女たちと比較すると、わが国の風俗嬢は、まるで信仰の対象アイドルのやうだ。要するに「およそ男が女をどう見るか」その女性の扱ひが、わが国と某国とではぜんぜん異なるのでございます。

 だから服装も化粧も、ぜんぜん日本女性と某国人女性では、その趣向が異なる。前者は自分が「カワイイ」と思ふまゝにするし、後者は生活のために、男に媚びるやうにする。この比較文化の分りやすい例が、渋谷のガングロだった。たゞしこれは coquettish(媚態)といって某国人のみならず、わが国以外の国の女性の多くは同様にする。こゝに女性が素のまゝで、いちばん世界中で楽に生きられる、いかに幸福な国をおやたちが私たちに残してくれたかを、けだし垣間見ることができる。

 すべて他国と地続きで国境を接してゐる国々では「サベツはいけない」と、公的には言ひつゝも、庶民はしっかりと、かゝるサベツ感情を持ってゐる。欧米などで暮らしてみますと、その本音と建前があからさまにあることがよく分かる。

 日本人の小欄と親しくなると、彼らは款然、移民や発展途上国や隣国の国民に対するサベツ感情を隠さずに、それをそっと打ち明けるのでした。それは自分の生活や家族の命を守るための、謂はゞ生活の知恵であった。したがってそれは日本人が抽象的に──ないしステレオタイプに──考へるやうな「偏見」の類では決してなかった。だから嫌味もない。おもてに出ると、彼らは移民と笑って社交辞令を交はしてゐる。

 移民になりたくてなる者はない。

 とりわけ近年G7諸国を襲った「大量移民」は、わが国でもあった例の「クルド人が来るど」の騒動と同様、移民先の国民生活を悉皆破綻させる目的で実行されてゐた。これを「時代の潮流」として私たちに諦めさせるために、各国で同時進行させる必要があった。亦このごろ施行されたLGBT理解増進法も同質の施作であったことを私たちは覚えてゐる。この曰く「人権宣言」に端を発する「権利拡大」の奸計について仔細に亘って書かれた本が、実は発禁になってゐます。その書籍は戦前にわが国で発行されました。発禁にしたのはGHQだった。もちろん著者は預言者ではなかった。しかし彼が示した文献とそのサマリーは、未来のことを悉く正確に言ひ当てた。それがこの壟断の陰謀が真実である何よりの証拠だった。もし私たちの言論を「陰謀論」と揶揄する者があれば、この国立国会図書館デジタルコレクションが黙って公開してゐる本を提示してやるべきだ。*2

 すると「サベツはいけない」等と、あなたに言ふ者を決して信じてはいけないことが分かる。彼はあなたの身の安全なぞ、なにも案じてはをらないのでした。さだめし彼は人前で「いいひと」になりたいだけなのだらう。

 またさうでない者、別の意図があって「差別反対」「権利拡大」を訴へる者もある。彼は上述の、小欄のやうな言論に接して「陰謀論」と罵り、憤怒する者たちだ。かつて猶太人を曰く「陰謀家」であると盛んに吹聴したニーチェといふひとが、これに応へて曰く、

イスラエル自らが全世界の面前で自己の復讐の眞の手先をまるで不倶戴天の仇敵かなんぞのやうに拒斥して十字架につけなければならなかつたために、「全世界」すなはちイスラエルのすべての敵は、一も二もなくこの餌に食ひつくことができたのであるが、この一幕こそは眞に偉大、、な復讐の術策であり、目先の利いた、人目につかない、おもむろに予定の計畫に従つて魔手を伸ばして行く復讐の妖魔術だつたのではないか。ニーチェ著|木場深定 訳『道德の系譜』「善と惡」・「よいとわるい」八|岩波文庫

 同胞にあらざると雖も、およそ日本人と、たとへばニュージーランド人とが互ひに敵意を抱く成行はないのでした。それは互ひに己を投影するからであった。かゝる「復讐」とは、その信仰に基づいた、曰く「悪魔」すなはち彼の異教徒に対する決起をいふのであった。要するに、なぜ彼が憤怒するかといへば、それは彼が私たちに彼自身を投影するからであった。

 換言すれば自己防衛のつもりらしい。彼は「差別はやめろ!」と言ふけれど、実はサベツといふ国語はないのでした。

 くだんのサベツはふつう「差別」と漢字で書きますが、こゝまで小欄は片仮名で書きました。なぜなら「差別」の字はいったい、ケヂメないしワキタメといふ国語に先人があてた字であり、国語が読めなくなった私たちが、これを暫くサベツと音読みしてゐるのでした。同様に「土人」を私たちはドジンと読みますが、これは本来クニビトと読む。クニビトとは、今の言葉でいふ「地元の人」「その地方の住人」のことでございます。

 この現象世界に、名のないものは存在しない。つまりドジンなる人種が実は存在しないやうに、彼はサベツといふ存在しないことに対し「やめろ」と抗議してゐる。いかにして? 己自身の hate 、すなはち瞋恚を、曰く「差別」だと解釈して。すると彼が己自身に憤怒してゐることが分かる。すなはち彼は瞋恚を生き甲斐とする自分が嫌で嫌でたまらなかった。

 だったら早く瞋恚を捨てればよいではないか。

 そして麻につるゝ蓬、わが祖父母たちから「朝鮮同胞」と呼ばれてゐたころのやうに生きればよいではないか。同胞意識が稀薄なわが同胞もまた然り。

 それが彼らの正体であった。さういへば、ヘイトも瞋恚も、わが国にはなかった外来の言葉だった。

R8.4.1  ミソラ通信

 

*1 資料:こども家庭庁

https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/aceeb993-95c7-4465-9db7-3753b9e6694b/81324ea5/20230627_councils_kodomokanren-jujisha_ x2UksA0k_09.pdf

 

*2

さだめし彼は "In chaos, people need a new rule." といふテーゼの下、己がその「新しいルール」にならむとして、積極的に世界にカオスを醸成するのでした。

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アトピー性皮膚炎と喘息との関係

 小欄のやうに無益の口をきくことを「あたら口に風を入れる」などと申しますが、日頃アトピーの患者さんは口呼吸をしてをられないでせうか。

 アトピー性皮膚炎の原因は、PM2.5のやうな呼吸器系から血管に進入する粒子状物質でございます。この物質が発汗時に毛細血管から汗腺、そして汗腺から表皮へと出てゆく際に強い痒みを生じます。だから表皮よりも深いところに痒みを感じるので患者は掻き壊すのです。

 かゝる物質の吸引は鼻呼吸をすれば、かなり防ぐことができます。鼻腔の粘膜や鼻毛が塵を濾過してくれるからです。はじめは慣れなくても、意識して鼻呼吸を続けると、これが鼻炎、すなはち鼻づまりになる癖も防いでくれます。また鼻呼吸は粒子状物質が直に気管支を刺激することを防ぐので喘息の予防にもなります。

 赤ちやんの指しやぶりは鼻呼吸を習慣づけるための習性と考へられますが、頃日は「おしやぶりを与へずに、指しやぶりをやめさせる」お母さんが多いやうです。すると赤ちやんは自づと口呼吸をするやうになります。

 様々な思惑があって様々な説を唱へるひとがありますが、これもその一説だと思ってもらってかまひません。たゞし鼻呼吸は手間も費用も一切かゝらない、今すぐにできる治療法ですから、試してみて損はないはずです。

R8.3.25 ミソラ通信

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なぜ豊臣秀吉は「朝鮮出兵」をしたのか|本居宣長が答へる真実

 きのふ「兄弟で天下取った秀吉 無謀な朝鮮出兵のなぜ *1 」といふ、NHKの大河ドラマを褒める新聞記事を読みました。

 この産経新聞の記事は「なぜ」と追求しておきながら──労を惜しんでか何か知らむ──結局わからず仕舞ひであり、要するに「太閤は老いて呆けたのだ」と結んでゐます。新聞記者たるもの、全然それでは仕事になってゐない。といっても頃日は、さやうな「作文」が新聞に載ることは今や珍しくもないやうでございます。

 かくも執拗に有耶無耶にするのは、けだし体制への諂ひか。

 現にそのまことの経緯を、かつてNHKもまた説いたことはなかった。これまで「それは無謀な侵略戦争だった」といふ、外国にとって好都合なステレオタイプを説くばかりであった。おのれの情報統制に自信があるから、さやうに平然と、NHKは国民を騙す。 

 では、なぜ太閤殿下は、いはゆる朝鮮出兵をしたまうたか。

 小欄ミソラ通信は絶版になってゐる国学の名著を復刊してゐます。一言で「絶版になってゐる」と申しましても、これには様々な思惑や背景があった。たとへば本件についても、その絶版書が記すところとNHK説とでは、それこそ対蹠でございます。換言すれば戦後体制にとって、これは都合が悪いことしか書いてゐない。この朝鮮出兵の仔細はこゝにリンクいたしました、本居宣長が著した『馭戎慨言カラヲサメノウレタミゴト』に書いてあります。

馭戎慨言: カラヲサメノウレタミゴト|上中下 全巻収録  Amazon.co.jp

 豊臣秀吉は、その純粋な勤皇精神が長じて関白になりました。まづ戦後の言語空間ではこの事実が秘匿され、今日に至ってゐます *2 。すなはち関白は御稜威を諸越もろこし(対岸の諸国)にも及ばさむとして、朝鮮の使節に曰く、

「大明國ニ入リ、吾朝ノ風俗ヲ四百餘州ニ易ヘ、帝都ノ政化ヲ億萬斯年ニ施サンコト、方寸ノ中ニ在リ」

「今ヤ大明國ヲ征セント欲ス。けだシ非吾所為わがところニすルにあらズ、天ノ授クル所也」

 すなはち、これは一通りの大志を抱いてのことではなかった。

 これまで明国は足利将軍へ「義持ヲよさシテ日本國王ト」などと書いてよこしてゐた。さうして将軍家は明国から貢物をもらってゐた。

 北条時宗公が元寇を皇軍ミイクサで跳ね返すと、諸越の人心は日本軍を脅威と感じて、自国が侵略されることを警戒した。このころ現に倭寇と指呼された海賊が、商船を襲ふのみならず、しばしば大陸の沿岸に攻め入って土地を占拠することがあった。それゆゑ日本を宥めてその脅威を抑へむとして、明国は足利将軍に頻々と貢物を贈ってゐたのでした。その供物が相当の金品なので、足利将軍は彼の無礼には気を注がずに貢物を喜んで受け取ってゐた。さういへば義満公などは金閣寺を普請するなど、ずいぶん繁盛してゐた。だから実際は明国が日本に朝貢してゐたのでしたが、今あべこべに「足利将軍は明国から冊封を受けてゐた」と吹聴されてゐます。

 これが秀吉の時代になりますと、こんどは秀吉に対して明国は貢物を献上する。そして彼はまたもや「なんぢよさシテ日本國王ト」などと、朝鮮使節を通じて太閤に書いてよこした。さすれば明国は折助にしてゐる朝鮮に対して体裁が好い。彼は日本に貢ぎながらも「周辺国を従へた大国である」といふ示威ができる。しかし秀吉は足利将軍とは違った。太閤は朝鮮使節に対して、かゝる筆致を咎めた。足利将軍も太閤も、明国に命じられて日本国をよさすものではありません。畏くも天皇スメラミコトにご親任されてゐたのでございます。太閤は天皇スメラミコトとわが国に対するその無礼に怒り、その明王の装束などの貢物を庭に放り投げた。すなはち太閤の朝鮮出兵は多分に彼に対する膺懲 こらしめでもあったのです。

 もし膺懲しなかったら、くだんの「冊封を受けてゐた」といふ明史の嘘が永久に真実になったでせう。往時は川崎C-2があったわけでなし、軍隊が海を渡って、徒歩で朝鮮半島を、干戈を交へながら北上して明との国境ひまで達することが、どれほど大変か。糧は不自由だし、おまけに寒い。さやうな難儀は誰もしたうない。それでもおやたちは私たちの国体と尊厳のために戦ってくれたのでした。

 だからこそNHKは、わが国体を内部から壊し、中国共産党に有利な歴史に史実を書き換へるために、衆口金を鑠かすを期して本件を躍起になって扱ふのでした。産経新聞もまた、結局はその主人が北京でなくワシントンDCだといふだけであった。すなはち旧戦勝国が壟断する戦後体制を、今後も維持せむとする、その思念はNHKと同様であった。くだんの記事などはその本質が分かる好例ではないでせうか。

 本書を読みますと、以上のことなどが詳しく判ります。

R8.3.20  ミソラ通信

 

*1  https://www.sankei.com/article/20260318-IMV4TX77BBKFXC73HJ64WMGTN4/

*2 たとへば占領中にこの図書が発禁にされてゐます。戦前は「児童向けの豊臣秀吉の伝記」といへば、この本でしたが、さやうにGHQは大東亜戦争とは無関係の書籍も焚書にしました。

▼本居宣長著『神代正語』を動画にいたしました

ミソラ通信が復刊した国学の名著 Amazon.co.jp

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昔々アニメは「ゲリラ放送」だった|プロデューサー宮崎慎一の時代

 皆に「のっぽのテディ」と呼ばれてゐた知己は、トロントの病室で小池一夫の『子連れ狼』に夢中だった。そして闘病の末に夭折した。

「手術すればすぐに善くなるらしいんだ。退院したら、ぜひアニメになったNARUTOを視たい」

 と、彼は話してゐました。

 すくなくとも三十年前には、北米でレンタルビデオ店に入ると Japanimation(日本のアニメ)といふ表記がある特設コーナーが既にあった。日本のアニメ製作はハリウッドの映画製作のそれとは予算の規模が違ひます。だからハリウッド映画のやうに大陸の津々浦々に宣伝されてゐるわけではありません。それなのに、ビデオ店にたちよるお客と店員たちが交はす閑語を聴いてゐると、日本のアニメのタイトルのひとつ一つが、かけがへのない作品として皆に大切にされてゐるのが分かりました。たとへば、

「いま自分は『るろうに剣心』のおかげで、死なずに生きてゐる」だとか、

「すっかり『極黒のブリュンヒルデ』の所為で、弛んでゐた私の心の琴線が、今ぢやピンピンに張ってるわよ」だとか、

 今でもそんな話をよく聞きます。北米のみならず、世界には様々な宗教や、それらを背景にした価値観があるにも関はらず、この事情だけは凡そどこに行っても変はらないのでした。

「私にとってそれがいかに重要な作品かをわかってもらひたい。たゞ好きだとか夢中だとかではないのだ」

 アニメについて話しはじめると韓国人の友達も、小欄のそっけない返事をこんな調子でなかなか許してはくれません。政治的な事情で彼らは特に日本については本音を話すことができなかった。しかし庶民の知性は体制側の性根を洞見してゐるのでした。げに静かなる大多数は真実の歴史を知ってゐますし、今も日本をおのれのマホロバとして愛してゐます。だからこそ体制側は反日のデマ宣伝に躍起になるのでした。

 さやうに旅先では、日本に対する彼らの募る思ひに、重力みたいに否応なく引っぱられることが少なくありません。惻隠の情、あるいは義侠心、それは弱い者いぢめは許せない、さう「許さない」のではなく「唯たゞ許せない」気持ち、それゆゑ軽々と己を擲つ勇気。実は卑屈に生きざるを得ない海外の庶民たちは、さうした日本人の精神世界やまとごゝろを気高いと思ふと同時に、自分たちが今まで当然だと感じてゐたことを懐疑しはじめてゐるやうにも見えます。

 むかし『俺たちに明日はない』といふアメリカ映画ありました。この映画の主人公は凶悪な銀行強盗だった。これが封切られた米国では、観客の多くが、このフェイ・ダナウェイとウォーレン・ベイティが演じたボニー・パーカーとクライド・バロウに強烈な共感と支持の念とを抱くことになるのでしたが、さうして「ボニーとクライド」がアメリカで英雄視されたのは、ふたりがあくまで銀行を襲ふからでした。劇中で、銀行に家を奪られた農夫に、クライドはかう自己紹介する、

「私は銀行強盗です」

 するとその情婦のボニーが、まるでわが子を誇らしく思ふ母のやうに莞爾と頬咲むのでした。

 アングロサクソンと暮らしてゐますと、彼らの多くが非常に貧しいことが判ります。いつしか彼らは、成行で銀行家の奴隷になってしまったのでした。

 あの映画のなかで何度かフランクリン・ルーズベルト大統領候補のポスターが映し出されます。そのポスターは一見さりげなく時代背景を描写してゐるやうにも見えますが、実はあの写し方は彼の選挙ポスターを一通りの「背景」としては扱ってゐません。たしかに何か意図がある強調が施されてゐます。それはあの大統領候補が、もはら銀行家の支援を受けて大統領に当選したからでした。彼は当然プロテスタントとして立候補した。さうして必ず同胞から裏切り者が現れ、それを潮にある民族は奴隷になる。

 ワシントンの政府が尤もらしい理由を誦へながら恣意的に始める戦争よりも、はるかに長く続く苛烈な現実に、庶民は逃げ出したい気持ちを押し殺して今日も向き合ふ。そこでは消費者でなければ人間扱ひされない。庶民は「消費する奴隷」でしかなかった。その体制に銃口を向けたのがボニーとクライドだった。しかし彼らは虚しく屠られた。そんな虚しい夢を幾度も見せられて、諦めて殺伐としてゐたのが、もう嘘のやうだと感じるのは彼らが日本のアニメに逢着したときであった。何だらう、この萌え上がる心持ちは! といふその彼らの思ひの丈を、ひと言で表すとこんな感じでせうか、

「私にだって、みんなのために何かができるのだ……それほど嬉しいことはない」

 そして宮崎慎一先生のことを思ひ出しました。

 映画制作業から小欄は出版業に転業して参りましたで、学生のころ先生が都内で受け持ってゐたフィルム・スクールでの講義を受講してゐたのでした。彼は『キャンディ・キャンディ』のプロデューサーだった。それに『ピュンピュン丸』や『バビル2世』や『デビルマン』、それから特撮の『ジャイアントロボ』も彼のプロデュース作品だった。そして宮崎先生もまた、小欄の海外の友人たち同様「今日」といふ胡散な時代に反抗してゐたのでした。きっとだからこそ海と時を超えて、彼の番組は多くの共感を呼んだのでせう。

左=ピュンピュン丸 ⓒつのだじろう・東映アニメーション/昭和42年7月3日から同年9月18日まで、NET系列で毎週月曜日19時30分から放送。|右=バビル2世 ⓒ光プロ・東映アニメーション/昭和48年1月1日から同年9月24日まで、NET系列で毎週月曜日19時00分から放送。

 宮崎先生は仕事の現場でも学び舎でも、かつて國史の授業で学んだ神話、その彼一流の解釈と自覚とを以て事に臨みました。彼のある作品のテーマ曲は、リフレインが印象的で、こんなふうに謳ひます、

みんなのために、みんなのために、未来を拓け

「三百年以上つゞいた白人による植民地支配の歴史が、たちまち終りました」

 といふ己自身が目撃したその歴史を、先生は教壇に立って受講生たちに述べます。配布された科目スケジュールを見ると、たしかにその講義には「企画論」と記されてゐる。しかし先生は毎回「企画」の話になぞ一切ふれずに、大東亜戦争の意義について講義したのでした。これは異常なことだった。

 講義に現れる先生は手塚先生の漫画に出てくるワレガラス先生みたいに、ズボンの裾をいつも引きずってゐた。その引きずり加減にも何か意味がありさうだ。先生は灰色の長髪をポマードで撫でつけた、還暦をすこし過ぎたくらゐの紳士でしたが、いちいちその挙措には、そのズボンの裾のやうに、何かひとを惹きつけるところがありました。それは新渡戸博士が、かの名著に記した「書生」を想起させる。曰く、

 

蓬髮弊衣、大いなる杖又は書物を手にし、世事關せず、焉の態度を以て大道を闊歩する多くの靑年を見たであらうか。之は「書生」であり、彼に取りては地球は小に過ぎ、諸天も高きに失しない。彼は宇宙及び人生に就いて彼獨自の說を有つ。彼は空中樓閣に住み、幽玄なる智慧の言を食ふ。彼の眼は功名の火に輝き、彼の心は知識に渇く。貧窮は彼を前進せしむる刺激たるに過ぎず、此世の財寶は彼の品性に對する桎梏であると見なす。彼は忠君愛國の寶庫であり、國民的名譽の番人を以て自認する。その美德並びにその缺點の一切を擧げて、彼は武士道の最後の斷片である。岩波文庫『武士道』新渡戸稻造著/矢内原忠雄譯

 

 宮崎先生の講義中は常に、乾坤を切り裂く雷鳴とともに九九艦爆が教室に現れる。それは翼に大きく描かれた日の丸を赤々と翻すや、たちまち米空母の格納庫を噴き飛ばす。そして真白いゼロ戦が紺色のコルセアを追ひかけ回した。なかには唖然として「たまごっち」の世話を忘れて死なせてしまふ女の子の受講生もゐました。祖父たちが戦場で活躍した話なんてほとんど聞いたこともない世代の小欄たちにとって、それは確かに唖然とする他は何もできない時間であった。はじめのうちは授業が終はると、

「あのオッサンは、いったい何の講義をやったんだ?」

 と言って訝る者もありましたが、次第に慣性によって、先生の講論は受講生たちのアルファ波に吸ひ込まれていった。そして結局その「企画論」は一度たりとも、かゝるテーマ「興亜と新秩序建設」から逸脱することなくその学期を終へました。

 しかし、わが機動部隊がインド洋を席巻したころ、授業の終はりに彼は唐突に受講生たちを見据ゑてかう告げました、

「月曜日の午後六時から〈シナリオの技術〉といふゼミを毎週一回やることになったので、興味のあるひとは参加なさい」

 ゼミでは授業らしい授業をされたので、小欄は先生がプロデューサーであることを初めて知りました。そして端なくも、彼が手がけた作品はすべて己がかつて特に愛したタイトルであったことが判った。愛したのは、そこに円居があったからでした。

 円居とは祖父母の円居でした。わが祖父母はTVといへば大相撲中継とNHKの時報、そしてアニメ以外は視ませんでした。

 記事を読む度に思はず感想を漏らしたので、ふたりは新聞もさうたう懐疑的に読んでゐたやうです。それは民政局の企て、すなはち『眞相はかうだ』を鏑矢にして始まった電波と新聞とを使ったデマ宣伝があまりも露骨だったからでした。といって何が、わが祖父母をしてアニメを支持せしめたのか。かゝる戦後体制のデマ宣伝に食傷してゐた二人には、さだめしアニメの制作現場が、宮崎慎一や吉田竜夫のやうな謂はゆる昭和一桁の世代の、体制に反抗する表現者たちの現場だといふことが、よく分かったのでせう。その当時の宮崎プロデューサーの仕事は実際、あたかもゲリラ戦のやうだった。

 それは独り宮崎慎一のみにあらず。では、アニメを用ひて、どうやって先達は体制と戦ったのか。

 こゝに一例として実際に『マジンガーZ』で放映されたある場面を台本に起こして挙げてみませう。この劇中では私たちの国の自立を縁の下で支へてゐる原子力が「光子力」といふ概念で表現されてゐます。マジンガーZは防衛装備品です。また母国に弓引く者たちが、革命の後に「奴隷の看守」にしてもらふつもりで忠犬になって策動してゐる様も如実に描かれてゐます。しかし彼らのルサンチマンを解放へと導くドクター・ヘルは現実には存在しない。かへって世界は再び私たちの国を必要としてゐる。この作品が諷言してみせたやうに、それが真実ではないでせうか。

 

第七話「アシュラ男爵の大謀略」

 機械獣が街を襲ふ。

 破壊された街に、美女に化けたドクター・ヘルの従僕アシュラ男爵が現れ、人々に訴へる。

美女「どうして罪もない我々がこんな目に遭はねばならないのでせう? それもこれもあの光子力研究所とマジンガーZがある所為です!」

市民たち「さうだ! さうだ!」

 光子力研究所でボス(マジンガーZのパイロットかぶと甲児かふじの仲間)が報告する、

ボス「おい兜! 市民のデモが押し寄せて来るぞ!」

 官邸の諮問会議に召びだされた光子力研究所所長 弓教授の乗用車が市民に襲はれる、

市民たち「この悪魔め!」

 投石で深手を負った弓教授を助ける兜甲児。

 弓教授「甲児君、私の代はりに君が諮問会議に……」

アシュラ男爵「すべて計算どほりだ。ハーハッハ!」

 官邸の会議室

甲児「遅くなりました。弓教授の代理で参りました兜甲児です」

首相「兜君、我々は光子力研究所を閉鎖する」

甲児「なんですって? それは本当ですか?」

首相「さうだ」

甲児「しかし、光子力研究所は平和利用されてゐるではありませんか? 人類の発展のために利用されてゐるのになぜ!」

首相「光子力研究所がある限り、ドクター・ヘルの破壊は続くのだ」

 うなだれる兜甲児。

 再び光子力研究所──弓教授の愛娘サヤカが諮問会議から戻った甲児に言ふ、

サヤカ「甲児君、わたしたちは光子力研究所を必要としてはいけないのよ!」

甲児「サヤカさん、どうしてそんなに弱気になっちまったんだ? 僕たちの苦労は本当の平和を築くための犠牲ぢやないか」

サヤカ「その犠牲を父が負へって言ふの?」

 サヤカの頬をひッぱたく甲児。

甲児「大きな幸せをつかむためにみんなが少しづゝ犠牲を払ふべきなんだ! 君は肉親の怪我で心がぐらついてゐるんだよ!」

 市民たちに訴へるアシュラ男爵扮する美女、

美女「彼らは私たちの犠牲なぞ何とも思ってゐないのです!」

市民たち「さうだ! やつらを倒せ!」

 光子力研究所に押し寄せる市民。

 機械獣に指令を出すアシュラ男爵、

アシュラ男爵「今だ機械獣! 光子力研究所を襲へ!」

 傷床の弓教授に告げるサヤカ、

サヤカ「お父さん、もう光子力研究所を放棄して静かに暮らしませう」

弓教授「いま諦めてどうなる? それでは地球は悪の支配する星となってましふ。光子力を悪用する者たちと戦はねば今日までの犠牲者に仇で返すことになる。これは一個人の幸せに関することではないのだ。分かったかね、サヤカ」

サヤカ「はい……!」

 

 この続きは本編をご視聴ください。

 アニメーション番組のプロデューサーとして宮崎慎一がまづとりかゝるべき仕事はリサーチでした(といっても、それは唯コミック雑誌に連載されてゐる新作漫画をかたはしから読むことでしたが)。彼が選んだ作品にはひとつ、ある特異な傾向がみられました。それは作品の主人公たちがほとんど例外なく「孤独のヒーロー」であることでした。不動アキラを愛した妖獣ララ曰く、

誰もデビルマンの活躍知らないんだもん。可愛そうね、正義の味方って……。

 彼らは誰にもその活躍を知られることなく、最後は人知れずどこかに去ってゆく。それはまさに、宮崎先生が讃へた英霊の姿そのものでした。

 かくして日本人の精神世界やまとごゝろを描いた、このアニメといふものが、海外で愛でらるまことのゆゑよしは、けだし次に申し添へることにあるのではないか。

 それはさかしさを徒花 * として、まづ児童の理性ではなく、情緒を育てることを旨とした。その姿勢こそが正に戦後体制に対する反抗であった。わが国の戦後教育は米英と同様に、情緒を教へる前に、まづ理性を児童に教へる。だから私たちの多くは、

「雪が溶けたら何になる」

 と問はれたなら、

「水になる」

 と回答する。

 しかし、戦前の教育を受けた児童の多くは、

「春になる」

 と回答する。

 このとき理性とは、己自身の小さな理解を得むとするさがであって、したがって戦後教育では、木を見て森を見ざる人間ができあがる。まづ情がなければ「己のため」でなく「みんなのため」を優先する発想にはならない。換言すれば、戦後教育では体制側にとって好都合な、欧米の大衆のやうな「使用人型」の人間のみができあがる。それでは一人びとりに指導者の気質がある、自立した知性を有した人間の社会は望めない。すなはち「まづ情緒を教へてから理性を教へなければ知性は育たない」といふ確信を以て、かゝるゲリラ戦の現場に宮崎先生たちは立ってゐた。これもまた一心に、祖国が正道に帰することを願ってのことでした。

 だから作品の対象が子供であっても、それは自づと侮りとは無縁だった。だから第一級の戯曲ないし喜劇が出来上がった。換言すれば上述の諷言と同様に、それは子供騙しや愚民化政策の道具でなかった。つまり「それぎりの塞いだ」その場しのぎの表現ではなくて、きっと「みんなの将来を拓く」表現を彼らは試みた。

 大人の視聴者はかゝる大人のロジックがつくるドラマ性に感銘を受ける。ドラマツルギーといふものは喜怒哀楽の表現については言ふまでもなく、たとへば序破急の展開を決定的なものにする「伝家の宝刀」のやうな象徴的な道具立てから、サウンドエフェクトや時間経過の表現のやうな瑣末なテクニックに至るまで、その形態が人形浄瑠璃であらうがアニメであらうが、それを違和感なく、合理的に、そして面白く展開させてゆくために、その国の戯曲の伝統が蓄積した術に頼ることになります。すべてを自然とシンクロさせるものはかゝる蓄積された叡智の他にないのでした。これに頼らなければカットといふカットは悉くその前後とつながらないばかりか、主人公たちは啖呵さへも吐けなくなって沈黙してしまふでせう。そして最良のドラマは名演を生みます。それは云はゞ昭和声優列伝、八奈見乗児と永井一郎の掛け合ひの可笑しさも、松島みのりと富山敬の款語に充ちてゐた憧憬も、そしてこの話題も、たぶん永遠に尽きることはなく、切りがないのでそろそろ、あのたくさんの終演の名曲のどれかを鼻歌にして幕にいたしませう。

R8.4.5  ミソラ通信

 

* 知能なぞに拘泥すると、ひとは将来どうなるか。かゝる「さかしさ」とは、たとへば横訛の英語で「ギフテッド」といって、わが国でも頃日もて囃されてゐること等がこれにあたります。すなはち知能検査の結果、謂はゆるIQが高いとされた児童が将来、高名な学者になったり、敏腕の起業家になるなどして大成することは、実はあまり期待できない。下のリンクは、その検査後の追跡調査の結果とそのサマリーです。このときIQとは video game のスコアのやうなものかもしれない。つまり「ゲームが上手いひとは、何をやっても上手い」とは限らない。

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0160289620300660

 これは余談ですが、この追跡調査をした結果、知能検査で高得点を出した人々には、いくつかの特徴がありました。まづ彼らは思春期のころ両性的であり、また早婚だった。それから大病を患ふことが生涯なかった。それらの特徴は、およそ「知能指数」とは無関係と思はれることばかりだった。なにしろ、このIQといふものと、ひとの将来の所得や社会的地位には、あまり相関関係はなかったやうでございます。

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「日中戦争」はなかった|陸上自衛隊の出自と「陸軍悪玉論」の正体

 浦島太郎の結末ではないけれど「気が注いたら、すっかり何もかもが変はってゐた」なんてことが実際あるやうでございます。やはり、

「決して開けてはいけません」

 などと言はれると、開けてしまふのが人情なのでせうか。

 けふ3月10日は陸軍記念日といふことで、この記事をポストいたしました次第です。

 近代史に謂はゆる総力戦、これは高杉晋作の奇兵隊に始まり、わが国は来たる国難に処すべく御維新で国民皆兵となりました。その後やはり強国ロシヤとの対決が避けられざる成行となりまして、こゝに文字どほり全国民が全国力をふり搾って臨む総力戦と相ひなりました。それが日露戦争でした。その決勝戦となった奉天会戦の勝利を祝して、本日が記念日に定められたのでしたが、この日を今や、私たちは祝はずに、かうして何もなかったかのやうに過ごしてをります。

 これは何もかもが、すっかり変はってしまった、世代の断絶を実感させる事実でございます。だから今日が何の日か、最早それさへ誰も知らない。まるで他国よそのくにのことのやうだ。よく考へてみれば、これは物凄いことです。

 と申しましても、

「いま帝国陸軍は存在しないのだから、記念日といっても祝ひやうがあるまい」

 と仰るひともあるでせう。同様に、

「陸上自衛隊は米軍がつくった」

 といふ人もあるし、多くのひとが実際さう信じてゐる。

「帝国海軍は米軍にも尊敬された優れた組織だったから、米軍はこれを残して海上自衛隊にした。でも帝国陸軍は、日中戦争などを企てた拙劣な組織だったから、米軍はこれを嫌ってすっかり解体した」

 さやうな説を今も吹聴してゐる識者がごまんとゐる。

 もちろん彼らが「識者」でゐられるのは、かゝる僻事ひがごとを皆が支持してゐるからでした。

 現に上の説を折に触れて述べる自民党のある政治家などは、党員獲得数で毎年党内一位を誇ってをられますし、彼のYouTubeチャンネルの登録者数も現在68万人と表示されてゐます。さだめしこの青山繁晴さんと仰る代議士は、国民から大衆へと降格した私たちにとって、アメリカナイズされた白洲次郎のやうに「宗主国に物申す」英傑なのかもしれない。

 それにしても彼らの説は、わが祖父たちに対する甚だしい倨侮であった。

 実は米軍は一度も、帝国陸軍に勝利できなかった。

 この事実を塗沫するために、さやうに彼らは皆を蠱惑するのでした。では米軍はどうやって皇軍を無条件降伏させたのか。換言すれば、その実態を塗沫するために彼らの主人は籠絡するのであった。*1

 いかに彼らが親米派とはいへ、これは手前勝手な僻事ではないか。何となれば、当時の米軍は、侍の子孫を指導して army を建軍させるだけの実力を──すなはち操典の知見を──有してをらなかったからです。では陸上自衛隊はどうして成ったのか。

 何もないところから実力組織が産まれるものか。

 小欄が頃日ポストいたしましたこの動画が、はしなくも吾人と以上の実態を確認することになったやうです。

 たゞし今更さやうなことを確認してみても、おそらく今日の私たちには、さっぱり何のことだか分からないのでした。それだけ筋書きが書き換へられてしまった。だから私たちは薄笑をして、祖父母たちが私たちのために成した成果を狐疑する。かゝる書き換へられた価値観では、世界中の誰も幸せになれないし、誰も幸せにできない。たとへば、いま私たちの多くは、上述のやうに支那事変を曰く「日中戦争」と呼称します。

 この呼称によって、まづ私たちは売国奴を見分けることができる。わが祖父たちは「日中戦争」なぞといふ戦争には召されてゐません。この「日中戦争」なる嘘を許してしまふと、将来わが国に対する様々な誣告が可能になり、日本は永久にワシントンDCや北京の政府のATMになってしまふでせう。

 支那事変を「日中戦争」と指呼する者は「日本と中国が戦争をした」すなはち「日本は中国で侵略戦争をした」と、この呼称を以て言ってゐる。これは各々の、見解や解釈の相違ではありません。

 中国は往時わが国の盟邦だった。

 その盟邦と日本が、いつの間にか戦争したことになってゐる。あるいは「その盟邦だった中国は日本の傀儡だった」ことになってゐる。いったい何の根拠を以てか。それは実は「戦勝国がそう言っているからだ」といふ、それだけの根拠を以てであった。

 中国の汪精衛主席は昭和17年の師走に同国の首班として来朝され、宮中にも参入なさってゐます。それたけ実態のある政府だった。いったい今日の私たちは畏き辺りを何だと思ってゐるのか。本音では何とも思ってゐないから、この汪主席の参内を以て「日中戦争」といふ呼称が、まったくの嘘だといふことが分からない。

 すはなち中国には日本と共に興亜の新秩序建設(グローバリストのルールを攘ふこと)を志す志士がゐる。汪さんの参朝は永遠に、その事実をわが国の歴史に記したのでした。その日中両国民の協働を忌み嫌ひ、恐れる者が、かうして今も私たちの離反を図る。

 およそ「戦争」とは国家間の干戈をいふのでございます。わが祖父たちが支那事変で膺懲の対象とした蒋介石の党は政府ではない。それは今日のISILのやうな自称「政府」でした。あるいはタリバンのやうなテロ組織でした。ないしは「南ベトナム政府」のやうに、実態のない人形に服を着せて銃を持たせたのでした。これらの党はいづれもワシントンDCの政府が「介入」の口実を設ける目的で、地域の情勢を不安定にするために深く関与して組織されました。いはゞ蒋介石の党はその元祖だった。あの成功体験を彼は今日にも及ぼしてゐるのでした。だから彼は「よく飼犬に噛まれる主人」でもあった。

 蒋介石の党が政府でない証は、たとへば自ら黄河決壊事件などを引き起こして、彼らの同胞であるの支那の人々を何十万人も虐殺したことです。いったい国民を虐殺する匪賊を「政府」と呼べるでせうか。

 中国政府からの要請に基づいた、これに対する膺懲を「日中戦争」と指呼すること、これほど売国精神の逞しさを示す例はございません。

 では帝国陸軍はなぜ大陸に出張る必要があったのか。およそ真実は晦渋さとは無縁であり、したがってそれは忽ちのうちに示すことができる。これも小欄がポストいたしました下の動画が端的にお示しいたします。

 でも米国に指導された戦後体制、これに上意下達されたかゝる「陸軍悪玉論」を、かうして今も念仏のやうに熱心に唱へる既述の識者たちには、実はさほど罪はなかった。名を売ることを以て「大成」とするとき、大成したければ、どうしても私たちは曲学阿世の徒になる必要がある。すなはちそれは、いつの時代にも付いて回る下駄の雪でしかなかった。その真の国難は、先に申したやうに「帝国海軍はアメリカの軍人に高く評価された」要するに「アメリカ人に褒められた」と言って嬉々としてゐる権威主義の私たちにあった。なぜならその薄弱な性質ゆゑに誰かに籠絡され、それが様々な判断に波及するからでございます。

「男のくせに諂ふな」

 実は本件は、この本音の一言につきるやうです。

 国学では政治を顕事アラハニゴトと申します。すなはち私たち皆が変はらなければ、何も変はらないのでございます。*2

R8.310  ミソラ通信

 

*1 はじめから彼らは無辜を狙ってゐた。現に米軍は文字通り無敵であった帝国陸軍との会戦を避けて、専ら民間人を攻撃した。だからこそ御聖断が下ったのでした。もし皆が信じてゐるやうに、わが祖父たちが米軍との戦闘に敗北したのなら、戦後になって620万人もの復員兵が戦地から引き上げてきたりはしない。軍隊がそっくりそのまゝ祖国に引き上げてきたりはしない。資源を多く消費する海戦では、米軍は敗北しても構はずに、相手の「資源の枯渇」に期待して帝国海軍を毎日にやうに出動させたけれども、外地の帝国陸軍には決戦の機会がなかった。たとへば明号作戦でも米軍は仏印植民地政府を救援しなかった。すなはち皇軍は大東亜共栄圏をそっくり維持したまゝ降伏したのでした。わが祖父たちは米軍に敗れたのではなくて、大東亜共栄圏を防衛するために敷いた、己自身の長大な兵站に敗れた。大東亜共栄圏に仇なす勢力がある以上は兵站を維持し続ける必要がある。しかし無限の力なぞない。いづれ血液が巡らなくなって端の方から壊死がはじまる。もちろん米軍はかゝる壊死を見定めてからそこだけを攻撃する。さらに皇軍の主力が外地に出張ってゐる留守を狙って内地の民間人を攻撃する。

 尚もガナルカナルの「転身」やアッツ島の「玉砕」は如何に、と尚も問ふひとがあるでせう。たとへば、この新聞記事

などは、上述の親米派による、謂はゞ「善意の認知戦」であり、すなはち人は「自分の主人が正しい」と、あくまで信じて戦ふことがあるのでした。亦それこそが彼の主人の望むところであった。かゝる信心を正気に戻すには、はじめから裏表のない心でものを説く必要がございます。するとそれはどうしても浩瀚な書物になる。そこで小欄ミソラ通信は下にリンクした図書を上梓いたしました。ご関心のある読者はご参照ください。 

モンスーンの友達「ノンフィクションで再生する祖父たちの現場」amazon.co.jp

*2  アラハニゴトとは何か↓