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保守思想に救国はできない|わが国をして正道に帰せしむるは、国民の自覚のみ

 今年は高市内閣が発足しました。その高市総理を「猿山のボス」と悪罵するひとがある。

 彼は去る10月にあった自民党の総裁選に際しても「あれは動物園の猿山のボスを決める選挙であり、その動物園を管理してゐるのはアメリカだ」と評した。さうして小泉候補と高市候補を同質に扱ってみせた。なるほど自民党が傀儡政党であることは周知の事実だ。その批評は言ひ得てゐた。

 では仮に、わが国体に沿ふ、私たちのやうな勤皇の理性にとって謂はゞ「理想的な政体」が顕れたらどうなるのか。かつて建武の中興や明治の御維新がありましたが、いづれも長続きしなかった。

 このことから「政治はあくまで世俗のことであって、あまり救国とは関係がない」と言へるやうです。あくまで「関係がある」と、もし仰るなら、それは本末転倒になる。それゆゑ神代では政治をアラハニゴト(顕事)としてゐます。*1

 これに向かへてカムゴト(幽事)がある。いま私たちは古事記の神々をマゴコロ、すなはち裏表のない直き心でお祀りしてゐるか。古事記によると、そのマガりたる人心は直ぐにアラハニゴトに顕れる*2 。すなはち人の心がその挙措に表れるやうに、国情や政治になって顕れる。さやうにアラハニゴトとカムゴト(目に見える事と見えない事)は牛車の両輪のやうでもある。必ず両輪なくてはならない。

 かゝるマガに怒って、いたく国に禍害そこなひとなるカミの御名ミナマガ津日ツビノ神と申し、これを直すカミの御名をナホノ神と申す*3 。すなはち、まづ人心が改まらなければ国情を正せない、これは道理だ。頃日の米価高騰にしてもさうだった。いったい国民が米を喰はなくなって、パンや麺類を主食とするやうになった。つまり稲作が神事であることを、私たちは忘れてしまった。要するにその有り難みを忘れたのだ。さうしてコメの需要が減った結果、政府は減反を選択したのでした。

 この需要減少や、曰く「外国人技能実習生」受け入れの背景にある人口減少もまた然り。これも私たちのオヤの教へに背いた外来の価値観とライフスタイルが要因でした。要するに見合ひ婚を国民が嫌忌して、すっかりそれが廃れてしまった。それが今日の既婚率激減の実態であった。これは厚生省が過去に公表してゐる統計から明らかだ。*4

 これらのことからも「わが政府に、しばしば売国的な性質が顕れるのは、国民の人心がそのまゝ政治に投影されてゐるからだ」といふことが分かります。戦後体制下のマスコミや教育がミスリードしたとしても、無反省に、ときに嬉々として、それに私たちが靡いたことには変はりはない。

 高市さんを「猿山のボス」と指呼する彼は自他共に認める保守主義者であった。

 保守主義とは何か。その立場は対岸のフランス革命に際して、エドマンド・バークといふイギリスの政治家が著した、かの有名な書物に依拠してゐた。このとき「王政打倒!」の機運が全欧州の市井に充満してゐた。対岸の火の粉を母国が浴びるのを見て、バークは警戒したのでした。対岸の大陸で頻々とくり返す易姓革命に対して、万世一系の国体を護持してまいったのは、わが国の方が彼よりずっと先輩であり、当然一日の長があるわけですが、福沢諭吉曰く「脱亜入欧」といふことで、わが国もこのバークの思想を取り入れた。かゝる思想信条、すなはち「保守主義」の名も、そのまゝわが国に輸入された。それはおそらくは食品添加物の「保存料」を意味する con-servare に由来し、そのバークを支持する者たちは国家に対して、変革よりも国体を保守することを望んだ。なにしろ彼らは伝統を蓄積された英知であると考へる。

 だからバークの思想は、事ある毎にオヤたちの先蹤を顧みて、いま国家が対峙してゐる問題を克服する道を探る。そこに必ず先例があり、したがって克服する道筋が既に先達によって示されてあるからだ。換言すれば──この思想はいったい『フランス革命の省察』に端を発するのだから──それは外部から着想を得てこれに対処することに慎重になる。

 では、わが政府が異教徒の傀儡であること、それを克服する道もまた然りではないか。

 概ね小欄は彼の政治的見解を支持してゐます。たゞし次にお示しするやうに、わが国の保守主義者はその思想の出自ゆゑに、どうしても外来の思想・哲学に拘泥し、その肝心な「オヤたちの先蹤を顧みる」ことを実践できない。国学ではなく、敢へて洋学をおのれの学問の基礎とし、わが国の神話でなく、敢へて仏道の禅を己の思想の淵源とする彼もまた同様であった。

 さやうな由なきことに、すなはちわが国体と地下茎を異にすることに憧れてみても、それが救国にいたらぬのは自明ではないか。またそれが、なによりも諸君が尊ぶバークの思想ではなかったのか。なぜ私たちは事ある毎にオヤたちの先蹤を顧みて、いま国家が対峙してゐる問題を克服する道を探らないのか。そこには必ず先例があり、したがって克服する道筋が既に先達によって示されてあるのに。しかもそれは今すぐにできることではないか。わが政府が異教徒の傀儡であること、それを克服する道もまた然り。

 太平記が著された頃、実はわが国体は今日よりも甚だしく軽んじられてゐた。これは本地垂迹といって「日本の神々は仏の化身だ」といふ、往時の僧侶共が吹聴した説を、ひろく国民が信じるに至ったことによります*5 。建武の中興が挫折すると、異教の影響を濯いだ「純粋な神々の復古」も困難になり、いよいよ異教徒は繁盛した。僧侶共は神社の境内に神宮寺なる寺を普請させ、そこに曰く「神僧」を置いてあなかしこ、神社を寺の下に系列化した。それが謂はゆる神仏習合の実態だった。これは今日の日米関係、あるいは自衛隊と米軍の関係によく似てゐるやうです。いま私たちは仏教を身近な存在に感じてゐるやうですが、ブディズムにもまた他の大陸の宗教と同様にきはめて排他的な性質があって、わが国に浸透するや、肇国に由来する私たちの神々を積極的に排斥したのでした。そしてそれを実行したのはもちろん渡来人ではない、わが同胞だ。これも今日のグローバリズムと同様でございます。信仰同様、人権だの環境だのと、彼らもまた善意でやってゐる。更にこのときはその異教徒が、武装してミカド(朝廷)に弓を引き、スメラミコト(天皇)のミクラヰ(御位)を奪はむとしてゐた。

 あのときは織田信長といふ勤皇の英雄が彗星のごとく現れて一向宗を討ち、国体を護持しましたが、すでに往時の日本人は全国の津々浦々で日本の神々を謂はゆる権現さま(仏の化身)にしてしまってゐた。これを信長公のやうに「穢らはしい」と思はないのなら、私たちに救国はできない。すると儒者のなかから神道家になる者が出はじめた。水戸学などがその例ですが、かゝる本地垂迹を憎み、神仏習合を終はらせたのは彼らだった。いったい儒教と仏教とは相容れない。そのうへ漢籍を充してゐる諸越の野蛮きはまりない、そして「穢らはしい」価値観と常にまみえてきた日本の儒者たち、彼らには強烈なナショナリズムが芽生えてゐた。一旦始まると、この序破急の遷移は止まらなかった。

 やがて古道フルコトを研究する荷田春満が現れ、その門人に賀茂真淵が出で、そして真淵を師事した本居宣長が国学といふ学問を啓く。その過程で、かの儒教の影響をも濯ぎ、今日「神道」と指呼されてゐる私たちの「お伊勢さん」信仰は、古事記フルコトブミをモトヰとする、純粋な本来の姿に回帰することができたのでした。宣長の筆致を見ると、当時の読者が仏臭をすでに「穢らはしい」と感じてゐたことがわかる。すなはち事こゝに至る大きな成行があって、本居宣長は国民にひろく求められたからこそ現れた。決してこの救国も一足飛びに出来たのではなかった。いま顧みたやうに、しかるべき過程を経て、穢れのなかから蘇ったのでした。これは古事記が示してゐるとほりだった。イザナギの神がヨミの穢れを濯いだとき、あれませる神の御名は天照大御神。

 このとき、彼のごと小泉候補と高市候補を同質に扱ってみせること、これはオヤたちの歩みを決して顧みない者の、無責任な皮肉であることが分かります。さういへば「皮肉の先にあるものはテロリズムないしは自殺である」といふキルケゴールの警句は、さすがに洋学同士で、こゝに親和性がある。さうしてオヤたちの先蹤を顧みない故に、いつも彼にはかゝる救国までの過程を想起することができない。だから憤怒してみせても何も同期しない。

 幕末の志士たちは、国学を基礎にして洋学を学んだから御維新ができたのでした。実際あのときすべてが同期したのは、在所の同志のみならず、全国の志士たちが共有してゐた国体ゆゑだった。すると保守主義者は、常日頃「国体護持!」を訴へながら、実はわが国の国体とは何かを知らないことが分かる。それは彼らにとって「いつか耳で覚えた言葉」ないし、近代の右翼思想の書物で読んで覚えた付け焼き刃でしかなかった。知らないものを護れるものか。およそ国学とは古事記を、換言すれば『古事記伝』の全巻を飽かずに耽読することだ。保守主義が洋学だから、保守主義者には国学を基礎にして洋学を学ぶことができなかった。それは無理に念じる理念であって、誰の知性も刺激しなかった。そしてひたすらそれが彼をして他者を侮らむとする知力に拘泥せしめるやうだった。国学者は他者を気にしない。国難に際して如何に処するかは古事記フルコトブミと、これが示す直き心に尽きる故に、何があらうとも、それを糺す際には仔細に及ばず、まづ晦渋さとは無縁であった。だから他者が気にならない。換言すれば己のレゾンデートル(己の存在意義)を案じる必要がないのに対して、洋学のあるところには必ず対立が生じる。もはら対立することが知性であると、それは信じてゐるやうでもある。このときその目的は、実は救国ではなく衒学であった。かゝる出自が、これからお示しするやうに亡国をもたらす。どうしても異教を本気で信仰する者は、図らずも日本のアダになるのでした。

 内村鑑三の例がありましたが、彼の信仰と国体との関係は止揚といふ、知性の発露だった。それはかの「文豪」ども同様、云はゞ「明治の根無草」の理性が致すところであり、詳しからざる己が祖国に、己が知悉した西洋文明を投影してゐるに過ぎなかった。だから彼のみならず、保守主義者は国学ではなく洋学を──テンニースだのスピノザだのトクヴィルだのの由なき思想、わが国体とは何ら繋がりを持たざる者の思想を──国難に際して参照してみせる。すると保守派の諸君、わが国史には顧みる価値がないのかね。この国史に対する侮りは、彼らが政敵たる左翼のそれと同質であり、その言論は撞着なのでした。森鴎外の独白に曰く、

 

まさかおさまだつて、草昧さうまい一國民いちこくみんつくつた神話しんわを、そのまゝ歷史れきしだとしんじてはゐられまいが、うかと神話しんわ歷史れきしでないとふことを言明げんめいしては、人生じんせい重大ぢゆうだいもの一角いつかくくづはじめて、船底せんていあなからみづ這入はいるやうに物質的思想ぶつしつてきしさう這入はいつてて、ふね沈没ちんぼつさせずにはかないとおもつてゐられるのではあるまいか。さうおもつてらずらず、頑冥ぐわんめい人物じんぶつや、假面かめんかむつた思想家しさうかおなあなおちいつてゐられるのではあるまいかと、秀麿ひでまろおもつた。『かのやうに』

 

 それがオヤたちに対して抱く、彼のみならず私たち皆の本音であった。己のオヤたちの神話を「つくり話」だといふ。しかも「草昧」と、神代を侮ってさへゐる。この小説は論語にある「神を祭ること存ますが如くす」を以て結ばれてゐます。それ故の「かのやうに」だった。要するに「ないものをあると思って祭る」といふのだから、まさに裏表のある話だった。しかしこれが止揚(aufheben)だとして、かゝる「形而上の高級な解釈」をする鴎外の文学は高く評価された。

 現に内心では異教を信じてゐる者は、天皇スメラミコトを神とは考へない。彼らは「天皇は現人神ではなく、ローマ法王と同じで、祭司様だと思ってゐる」と言ふ。これは彼らにとってカミといふ概念が、すでに古事記ではなくて大陸の宗教が謂ふところの神を念頭にしてゐることになる。かゝる「人間が想像した神」を本気で信じるのは容易ではないはずだ。マゴコロでない裏表とはこのことを申す。本当に「ある」と思ってゐないものを、どうして護れるものか。それは己の理屈に納得し、己の理性で納得できないものを拒んでゐるのであって、さやうな曰く「思想」は救国とは何の関係もない。それくらゐ私たちの「お伊勢さん」信仰は古く、したがってそれは生意気な思想なぞではなく、私たちの国家クニヘに根ざしたマゴコロ、すなはち裏表がない素直な心を求めてゐる。

 私たちの学問の基礎が洋学であるとき、あるいは素直であることは従順と解釈される。このとき私たちはその柔弱さを嫌ふだらう。これに対して「主人と使用人」の社会でないわが国、換言すれば「保守党と労働党」の二大政党制をその政体としないわが国の、このスナホといふ国語は、感受性がある、すなはち「知性が豊か」といふこゝろではなかったか。

 このとき政治上の保守といふ立場はまた「主人と使用人」の関係を保守することであった。

 これに対して、わが国の肇国はウシハクを克服する歴史だった。ウシハクとは、有力者がある土地を占有して、彼がそこに住まふ人々を私物化することでございます。およそ法とは慣習を明文化することですが、まさに公地公民とは、かゝるウシハク、すなはちほしいまゝに土地を占有して、そこに住まふ人々を恣にすることをお許しにならないミカド(朝廷)の御立場を明文化したものでした。すると保守主義がわが国体の対蹠物であることが分かる。

 さやうに、どうしても異教を本気で信仰する者は、図らずもわが国のアダになるのでした。いま回顧した中世の国体の危機も、多くの日本人が要するに御利益ごりやくに夢中になった結果だった。

「いや、そうではない」と、尚も保守思想家は言ふだらう。

「外国の文物を入れて日本化するのが、わが国の国柄である。例えば云々」と。

 それがスクナビコナの神のミハタラキであるとは、彼は考へない。だから彼らは芯から異教徒になってしまふ。このとき彼の国柄説は己自身の小さな悟りであって、まるでうは言のやうに自ら皆と同期することを拒んでゐる。しかしそれが神話で予定されてゐたことを彼が知り、それを説くとき、それは最早うは言ではなくなって、全日本人と歯車が噛み合ふやうになる。

 かつての儒者たちはかゝる理性に背いたからこそマゴコロが蘇り、もはやアメノサグメ(他人の心を探る者)でなくなった。そして「みんなのため」の救国が出来た。儒教もまたわが国体にとってはアダであった。換言すれば仇の実態は、その思想の総本山ではなく、これを本気で信頼する人心であった。己のマホロバがどこにあるのか、それを知ることがマコトの学問であり、この際おそらく世界中で唯一、日本人だけが学問を啓くといふこと、すなはち学問の真の旨味を知った。それはマゴコロの力だった。なるほど自民党は傀儡政党だ。しかし高市候補にはそのマゴコロがあると小欄は感じました。要するに小泉候補にないものがあった。いま顧みた私たちのオヤたちの歴史が、人心にマゴコロが現れるまで遷移を欲し、同様に理想を求める急進性、そのサカシラを拒んでゐるのであれば、たったそれだけの理由で高市さんを応援する根拠になり得るのでございます。

R7.12.29  ミソラ通信

 

*1 日本書紀巻第二 神代下「天神勅教、慇懃如此。敢不從命乎。吾所治顯露事者、皇孫當治。吾將退治幽事。」

*2

古事記 全巻/注釈・本文(訓読)古事記伝 |旅先でもこれ一冊で足りて、児童の素読用にも適した体裁の、みんなの古事記。口語対訳として『古事記物語』も併載 ミソラ通信 www.amazon.co.jp

 

*3

*4 かゝる資料まとめ

*5

山田孝雄 著『神道思想史』

https://dl.ndl.go.jp/pid/1914370

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