もし「近年は世界中のひとが西暦、すなはちキリスト紀元を使用してゐる」と思ってゐるひとがあるなら、それは甚だしい思ひ違ひでございます。
常に己の心にスメラミコト(天皇)がいます者は、おのづとコヨミ(暦)を申すとき元号を用ひます。元号とはすなはち、今上さまの御代を表すからです。換言すれば内心にスメラミコトがおはさゞる者は、あなかしこ、彼のコヨミにも自然それは表れません。たしか徳川時代にも、盛んに大陸の元号を暦にする儒者どもがあって、その外患誘致を本居宣長などの国学者が正す一幕がありました。
国立国会図書館デジタルコレクションの蔵書に『西班牙古文書を通じて見たる日本と比律賓』といふ昭和17年に出版された本があります。その序文に続く例言にこんな一文があります、
一、年號に西暦を用ひたのは、本書の材料の大部分が西班牙側から出て居り、その明示には西暦を必要とした関係上、混亂を防ぐために、凡て西洋紀元に統一した。只管便宜上に基いたものである。ルビは小欄による加筆
およそ今日の出版物にこのやうな但し書きはありません。これは出版物のみならず「年号を西暦で表記して何が悪い」と世間が平然としてゐるといふことでもあります。
現にラヂオの番組なども謂はゆる懐メロを流すときにさへ、頃日はリスナーにその歌がヒットした年を西暦で告げます。日本の古い流行歌の曲紹介を元号ではなくて、西暦でしてゐるのです。さうなってもう久しい。
残業で終電を逃したある雨の晩に、タクシーを拾ふとNHKラヂオが懐メロ番組を放送してゐた。
「1968年の島倉千代子さんの歌で『愛のさざなみ』でした」と、アナウンサーが言った。
そこで試しに運転手さんに訊いてみた。
「1968年と言はれてピンときますか」
「ピンとこないですね。私は上京したのが昭和46年で、だいたいそこから、あれは何年だったと勘定しますから」
さうです。我々は「1968年」なんていふ年には生きてゐなかった。しかし「昭和43年」だったら、私たちは生きてゐた。
桜の花びらの形をデフォルメしたみんなの幼稚園の名札にも「元号何年 何組」と表記されてゐた。あのとき小欄はその年号を冠した自分の小さな立場に清々しい矜持を覚えたのをはっきりと覚えてゐます。キリスト暦が私たちに、かゝる自覚をさせる因縁が何かひとつでもあるか。
曰く「元号はちよいちよい変はるから使ひづらい」とかいふ理由で、皆は元号を使はなくなりましたが、小欄は海外と連絡する際を除いて西暦は使ひません。それで困ったことなぞありません。いゝえ、むしろ好いことの方が多い。御代は移り代はりますので、たしかに元号の年記は連続した数字になりません。実際ちよいちよい変はるので、そのうちに自分の年齢がわからなくなります。だから専ら元号を用ひてゐた時代には誰もひとに、
「失礼ですが、あなたは何歳ですか」と年齢を訊かなかった。
そのかはりに、
「あなたは何年のお生まれですか」と訊きました。
およそ年齢を訊かれて答へて、いい気分になるひとはありません。
「六十四歳です」と正直に答へれば、己が実際以上に老け込んだ気がして、がっくりしてしまふかもしれません。けれども、
「何年のお生まれですか」と訊かれて、
「わたくしは嘉永七年の生まれです」だとか、
「ぼくは昭和四十八年です」とか答へたなら、何となく鼻が高い。
訊ねたひとも感心してくれます。さういふものです。元号よりも西暦を好んで使ひ、それで人間の艶を失ってゐては仕様がありません。
ところで本年令和8年は紀元2686年でございます。すなはちカムヤマトイハレビコのミコト(後の漢様の御謚を神武天皇と申します)の御代となりましてから2686年目の年でございます。
R8.1.5 ミソラ通信
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