実際に十手を預ってゐたひとに取材して書かれた『半七捕物帳』が好きだったこともあって、徳川時代の治安について少し調べたことがあります。
半七たちは平時から市中の情勢の把握に余念がなかった。犯罪の火種を探して嗅ぎ回ってゐたのです。もしその持場に紛争があれば当事者に会って話をつける。だから今日頻々と起こる知人同士や家庭内で生じる傷害ないし殺人事件の類は、往時は事件発生に至ることなく、事前に解決されてゐた。
そこで町奉行と今日の警察とを比較しますと、町奉行といふのは専ら同心たちの奉公で仕事を完結することなく、進んで市中の名主や大家からの情報提供に頼みながら「事件を未然に防がうとする」組織であったことが判ります。これに対して今日の警察は、仮に「火種」の通報を受けても「民事不介入」とか申して、実際に怪我人が出るなどするまでは事件に容喙しない。
すると警察とはすなはち、かへって「事件にすることが仕事」の組織だと言へないか。
犯罪が増えれば、どうしても冤罪もしばしば生じます。冤罪にならないまでも謂はゆる「泣き寝入り」といふものが、これまた被害者にとっては茶飯事だ。まづ現場の警察官は事件の当事者に「上申書」といふものを書かせて、事件を閉じようとしたがります。
「本官が言ったとほりに書いて」
と対処する警察官はその当事者に言ふだらう。もしあなたがその当事者で、怪我をさせられたなどして、あきらかに己が被害者だと分かってゐるのなら、その文面は書名と宛名以外はその警察官の言に従はずにかう書いてください、
上申書
この警察官は本件を恣意的に処理して「臭いものに蓋」をせむとしてゐる。何が臭いといって面倒臭いのである。
日付 (当該地区)警察署長殿 署名
かう書きますと、その警察官は「あなたも罪に問はれますよ」などと言って書き直しを迫るでせう。もしそんなふうに脅されたら次はかう書いてください。
上申書
この警察官は本件を恣意的に処理して「臭いものに蓋」をせむとしてゐる。何が臭いといって面倒臭いのである。しかも己の職務怠慢を隠蔽するためこの上申書を破棄せむとしてゐる。
日付 (当該地区)警察署長殿 署名
書き終へた時点でその上申書は公文書ですから彼はこれを蔑ろにはできません。だから更に書き直しを迫られても同じ文面を書き続けてください。問答は無用でございます。もちろん未だ真面目に勤務してゐる無垢な警察官に、さやうな厳しい態度で臨む必要はない。しかし前者のやうな警官のまへでは顔を伏せてはならない。なぜなら彼らは国民を陛下の赤子だとは思ってゐないからでございます。だから上記のやうに国民を平然と脅迫する。換言すれば彼らは同胞意識と己の役目が負ふ義務の意識が、きはめて希薄である。さやうな者はそもそも人にして人にあらず。己の口に糊するためだけに生きてゐる禽獣なり。それにしても咎人にあらざる国民に「上申書」なぞと自ら言って書かせるのだから、生意気なのは警官のみならず、警察署長殿もまた然り。まさに蛇の道は蛇か。
*
先日もこんな事件を取材しました。よくネットショッピングをするひとが、謂はゆる偽サイトで買ひ物をしてしまった。あきらかに支払ひ後の応対が訝しいので、すぐに最寄りの警察に通報した。必要書類の提出を求められたので、それらを揃へて被害届を提出すると、後日「やはり詐欺ですね」と警察は言ふ。しかし、
「被害額が少額なので、もっと大きな被害が出ないと動けません」
と、被害者はその担当の刑事に言はれました。
その場に小欄もをりました。つまり「もっと沢山の泣き寝入りする被害者が出るまで待つ」と彼は言ってゐるのです。だからその偽サイトは今も誰もが利用できる状態であり「これ以上被害が出ることを防ぐ」などの措置は取られてゐません。
*
家宅捜索に来たその警察官は、居間で腕枕をしてテレビを視てゐた。
その宅の夫人がこれを見かねて、
「何をそこで寝そべってゐるのですか」
と彼の怠慢を咎めた。
それで漸くその捜査官は重い腰を上げた。それから押収品を入れる段ボール箱に、彼は食卓の上にあったテッシュペーパーの箱だとか、子供部屋にある教材だとか、およそ捜査とは無関係の物を詰め始めた。
昨年令和7年11月7日の衆議院予算員会で、鈴木貴子代議士が、幼少の折に父君が逮捕された際の思ひ出をさやうに披露した。これも今日の警察が、いかに世間様の常識と乖離した組織であるかをよく表してゐる光景のやうです。あのとき渦中の人だった鈴木宗男代議士は、この捜査を「国策捜査だ!」と批判して控訴してゐた。あるいはこの捜査官は、宗男さんが白だとわかってゐたのではないか。
*
令和元年の五月に御即位をお祝ひする皇居一般参賀がありました。東京は朝から曇天だったけれど、参賀が始まるや、まるで皇居だけにスポットライトを当てるかのやうに天から陽光が注がれた。年始の参賀よりも人出が多かった所為でせうか、ぜんぜん宮殿前広場のひとの入れ替へができてゐなかった。すなはち退場せむとする人々が立ち往生して、いま入場してきた人々と広場で混淆してしまってゐる状況に小欄は逢着しました。とりわけ老人たちの集団が広場中央に閉じ込められてゐたので、日差しと気温で危険な状態になった。ある男性が広場に立ってゐた若い警察官に、その警察の怠慢を抗議した。するとその警官は、
「なんだよ、なに言ってるんだよ」
と目をむいて怒鳴り返した。そして彼は大声で諍ひを始めた。警察官でなくても、まづ正気の日本人であれば、畏くも御前で然様な真似はできない。実にその警官は気晴らしを始めたやうにしか見えなかった。小欄も婦人警官をふくめた複数の警察官に、その群衆が滞留してゐる状況を伝へましたが、うんうんと頷くばかりで誰も聴いてくれません。それは「そんなこと知ってるよ」といふ反応であり、要するに彼らは一様に面倒臭かったのです。
この傾向は多岐に亘ります。
*
やはり去る令和元年に、山梨県の椿荘オートキャンプ場で当時九歳の小倉美咲ちやんといふ女児が失踪しました。この「山梨キャンプ場女児失踪事件」は事の顛末から見て、結局は警察・消防・自衛隊が重点的に、文字どほり隈なく捜索した「捜索範囲の外」に、小倉美咲ちやんはゐたと小欄は考へてゐます。
山梨県警が机上で想定したその捜索すべき範囲がそもそも誤りではないかと、現場で捜索に当たった警察官は誰ひとり疑問に思はなかったのだらうか。これは換言すれば、警察ではかゝる意見が下僚から上がっても、無駄なことだと分かってゐるから誰も具申しなかったか、ないしは具申したがやはり黙殺されたか、そのいづれかだといふことになる。それでは下僚はじきに何でも面倒臭くなって当然だ。実際そのやうな疑義が彼らの組織ではまったく無駄であることが、その二年八ヶ月後にわかります。失踪から二年八ヶ月が経過してから小倉美咲ちやんの靴と遺体の一部が、くだんのキャンプ場の近辺の「涸ら沢」で発見されたのです。
さだめし美咲ちやんは道に迷って、廃道になってゐた山道を辿って涸ら沢の上流へと歩いていってしまひ、そこで力尽きたのだらう。そこで亡くなった姿のまゝ朽ちてしまひ、その後だくだくたる夏の雨水によってその下流の涸ら沢まで流されて、つひに失踪現場周辺をボンランティアで捜索してゐたひとに発見されたのでした。警察は遺体が上流から流されてきた事実を内心認めたくないのか、尚も「事件の可能性もある」として、曰く「事故と断定せずに現在も本件を捜査中」であり、今も一般からの情報提供を求めてゐます。そこで現場の捜索を指揮した山梨県警大月警察署に、当時の捜索範囲について問ひ合はせてみました。しかし、
「捜索範囲についてはお答へできません」
と、一切回答しません。
「ある登山者から『頂上に向かふ山道で小児の足跡を見た』といふ通報があったさうですが、ボランティアで捜索に参加したひとたちは『警察はその付近を捜索してゐない』と言ってゐます。その付近を捜索しなかったのはなぜですか」
「捜索範囲についてはお答へできません」
と同じ回答を繰り返します。*
情報提供を求めてゐるのに回答しない。公務の邪魔をするつもりはないので、それ以上は訊かなかった。
すなはち、私たちは納税者であるにも関はらず警察の対応をたゞ傍観する他ないのです。
さやうに細胞組織が壊死してしまった組織は、まづ変化に対応できない。現に外国人の犯罪が増え始めると、およそ日本の警察は無力であった。たとへ狼藉者を捕縛したとしても、なんと「通訳の不足」といふ、それだけの理由を以て、無辜に害をなす傷害事件の常習者を平然と釈放する。だから国民は警察に「日本人に対するサベツだ」と苦情を言ふ。
いったい日本人には謂はゆる「現場主義」の組織をつくる気質があったのではなかったのか? 先に挙げた江戸の治安の例もさることながら、それは小欄が今まで見てきた様々な現場で、この目でしかと確かめてきたことでした。
およそ組織は経験が反映された慣習の蓄積によって成ってゐる。同じ日本人の組織である私たちの警察も例外ではなかった。ではなぜ、これまで踏勘したやうに警察の現場にはかゝる「現場主義」がまったく顕れないのか。これは「いつからさうなったのか」といふことに気が注けば、それが「ある時に人為的に変へられた所為だ」といふことがわかる。
今日の警察の実態は自治体ごとに分割された組織であって、国民の政府はその監督官庁を通じても、実はこれを監督できない。すくなくとも主要国のなかで警察をさやうな状態で運用してゐるのは日本だけだ。上述のやうな権能の恣意的な運用はこゝに生じる。
総選挙を経て組閣された内閣の大臣が彼らの長であれば命令系統がまづ明確になる。この際もし何か警察に不祥事があれば、国民は政府や国会を通じてそれを糺すことができる。そして親任を賜った大臣がその長であれば諸官は相当の自覚を以て現場に臨むだらう。それは防衛省が庁から省へと昇格した後の自衛官の姿を見ればわかる。
あの「昇格」を実現した安倍総理は、警察の長にも大臣を置かむとして、二次政権のときに動いてをられた。安倍さんが企図してゐた仕事のひとつが、この内務省の再建であり、それこそが本件を修正し得る、おそらく唯一の手段であった。しかし私たち有権者はいづれも安倍さんが潔白であるにも関はらず、いく度となく総理の醜聞を騒ぎ立てゝその仕事を阻んだ。騙されやすさが人間精神の堕落の一形式であるならば、これを私たちは専らマスコミの所為にはできません。
現役総理が特捜の捜査を受けるわけにはいかない。
それが前例となれば、わが国は今度こそ、国権そのものをまったく失ふだらう。なぜなら特別捜査部の前身は、占領下でGHQが設置した隠退蔵事件捜査部だからです。内務省がなくなったのもGHQの統治下だった。隠退蔵事件捜査部とは、被占領国すなはち戦後日本の財産を統治者が押収するための権能を有した、曰く「捜査部」であり、要するに泥棒でございます。その出自を顧みればこの特捜は、主権回復後の今日に至っても、わが国の三権から独立した権能を有してゐないか。昔わが国には弾正台といふ官庁がありましたが、なにしろ皇国に仇なす強盗に、弾正のごと振る舞はれたら世も末だ。だから安倍総理は辞任せざるを得なかった。
悪いのは本当に警察だらうか。たしかに「今のまゝが好い」と幹部警察官たちは思ってゐる。組織とは誰にも容喙されたくないものだからだ。
たった一人の迷子さへ、現に私たちは救出できなかった。
同胞意識が希薄なのは、実は私たち自身であり、警察官もまたその子弟にすぎなかった。だから彼らに対してこれを咎める声が聞こえない。
報道機関は業務の都合上、警察とは協力関係にある。それ故およそ警察が「耳が痛い」と思ふやうなことを彼らは報道しない。先の山梨キャンプ場女児失踪事件でも報道機関は「涸ら沢」で発見された遺留品や遺骨が具体的にどこから流れてきたのかを検証して報道しなかった。つまりそれは「飯を喰ふため」にしてゐることだから、実はその罪は軽い。実際TVのなかでは選挙で選ばれた大臣はいつも悪玉であり、警察はいつも善玉だ。それを視て納得し、愉しんでゐる、無機質で抜け目なく、ひとを悪者にして己のみその咎を免れぬがれむとする私たち国民に支へられて、かゝる自然ならざる、人為的に変へられた社会は維持されてゐます。
R8.1.8 ミソラ通信
* 令和5年6月2日 午前11:50に小欄が電話で尋ねた「遺留品とご遺体の一部が発見された涸ら沢の上流にあたる西山は捜索の範囲に含まれてゐましたか」といふ質問への回答。
▼ミソラ通信がポスト致しました関連動画です 悪いのは有権者だ