ボツにされた記事の方が面白い

ボツになった記事などを掲載してゐます。よその媒体の取材中に、ゆくりなく逢着する情報は、媒体にとっては無価値だからこそ、この紙幅で至福の記事になる…かもです。

見合ひ結婚とLGBT理解増進法との意外な、不可分の関係

 だいたい二十四、五歳になると、父母や叔父叔母から「そろそろ結婚しなさい」と促された。そんなお節介は今では誰も焼きませんが、それが昔はあたりまへでした。

 それは昔──といっても古代や中世のことぢやなく──せいぜい百年くらゐ前、小欄の祖父母たちの時代の話です。交際してゐる相手があればそれでよし、なければ、

「んぢやァ、あたし先日お見合ひした、あの方にする」

 と決めるまで執拗に縁談を勧められる。

 だから百年前の日本では、みんな二十代になるとなんとなく結婚してゐた。

 換言すれば、見合ひ婚があたりまへだった昔の日本社会では、メヲト(夫婦)とコヒ(恋)とは別物でした。

 すると次のやうに、往時は「同性婚を認めろ」といふ声が挙がる、それ自体が考へられないことだったことが分かる。

 同性愛者は、とりわけキリスト教を国教とした国々では久しく迫害されてきた。

 マルチェロ・マストロヤンニが主演した『特別な一日』といふ映画が昔ありましたが、あの映画のやうに同性愛者だといふだけで仕事を追はれることは、向かうではざらにあった。だからその権利を求める声は19世紀にはすでに聞こえました。さやうな迫害の歴史は、これからお示しするやうに、わが国にはない。だからわが国では、この権利拡大を要求する声は近年に至って初めて挙がりはじめた。すなはち実情がないのに、かゝる声が挙がる。それを私たちは何ら奇異だとは感じないらしい。現に令和5年6月16日に参議院で可決されて成立したLGBT理解増進法(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)、この法案に異論を申したのは、与党から「岩盤」と指呼されてゐる少数派であり、その結果本法案は可決された。すなはちこの可決が、先祖から授かった私たちの社会が大きく変容する、そのきっかけになったことに、大多数の有権者は無関心であった。わが祖父母の時代と比較したとき、この反応は比較にもならない。これは私たちの知性が薄弱になった証だった。

 だから夫婦めをととは何か、その問ひに私たちは答へることができない。さやうに母国語を知らざると雖も、いま私たちは外来語を頻々と用ふ。か、

 メヲトのメは female を ヲトは male をそれぞれ意味します。すると今日、

「私たち結婚しました」

 と言ってゐることを、昔のひとは、

「私たち女と男になりました」

 と言ってゐたことになる。

 それは国語の古語らしくて、直くて可愛いのでした。メヲトは漢字では夫婦と書きます。すなはち漢字では女と男の順序があべこべになる。実際『特別な一日』は、外国では嫁が夫に使役され、人として扱はれざる現実があるからこそ映画に、一葉の抒情詩になり得た。ではわが国におけるメヲトとは何か。これに万葉集が答へて歌ふ、

秋さらば見つつ思へと妹が植ゑしやどのなでしこ咲きにけるかも

巻三-四六

 この人類最古の歌集には、他にもメヲトの情を詠んだウタが沢山あります。たゞしコヒでも友情でもなく、おそらくそれ以上の温かい気持ちを介して夫婦めをとが伴侶を敬愛し、お互ひを大事にする、そして深い思ひやりでお互ひを労ひ合ふ、さやうなメヲトの関係など、昭和ヒト桁より前の世代のお身内がある人でなければ、もはや想像さへできなくなりました。

 往時は前述のやうに、多くの人は見合ひで結ばれた。このとき伴侶が外でどんな遊びをしようと、干渉する所以はメヲトにはなかった。なかには清水次郎長とお蝶のやうな今日的な夫婦も少なからずあったでせう、しかし余人は夫婦生活とは別に、色道いろのみちを求めたものです。

 先達が色道を往くとき、相手が異性のときもあれば同性のときもあった。

 だから衆道もごくノーマルだった。井原西鶴の『好色一代男』も、二人目の相手は男子だった。いはゆるBLではなくて、大衆の読み物で、ふつうに男同士の性愛が江戸時代は表現されてゐたのでした。つまり「ふつう」といふのはさういふことだった。それから、実際に十手を預ってゐたひとに取材して書かれた『半七捕物帳』にも、女同士の情事が引き起こした事件の始末が「唐人飴」といふ話に詳しく書いてあります。

 この際「良し悪し」の問題は誰の基準か判らない。唯たゞ人とは──みんな同じやうでゐて各々異なる性質を持ち、みんな違ふやうでどこか似てゐる──さういふ生き物であった。人間のさがが今になって突然変異を起こすわけがない。今日LGBTと自認してゐる人々は人類の黎明のときから皆の隣人として存在してゐたのでした。では何故それが今さら問題になるのか。それは小欄が先日ポストした、この動画が回答するでせう。

 いまLGBTと指呼されてゐる人々も、かつては普通に見合ひをして所帯を持ち、たくさん子宝を授かった。だから老ひて孤独死することもなかった。さやうなおやたちと私たちと、いづれが幸福か。今それを私たちは真剣に考へてみたい。

 恋愛は、誰もが器用にできるものではなかった。現実はドラマのやうにはならない。そのとき不器用な彼らは、見合ひ結婚といふ選択肢がなかったら、どうしたらよいのだ。今の世情は「結婚したければ恋愛しろ」といふけれど、どうしても彼らは恋愛に興味が持てない。唯なんとなく、彼らにはそれが億劫なのだ。すると「嫌なら一生家庭を持つな」と、いま私たちは彼らに言ってゐることになる。

 さうかと思へば、誰かにコヒする度に伴侶を取り替へる。その不義理を「不倫だ」といって訴訟を起こす。さやうな道理に合はざることがまかり通ってゐる今日こそ理不尽な時代であることは、この今昔の比較から自明なのです。メヲトとコヒを混同して、かゝる性愛といふ拙い妹背事を世の中の基準にしたなら、そこに多様性など生じるわけがなく、したがって大半の人々が世を忍んで、逼塞の一生を過ごさねばなりません。いったい日本はさやうな国ではないことを、次にモラエスが教へてくれるでせう。

 明治の御代に来朝し、帰国せずに徳島で老ひて客死したヴェンセスラウ・デ・モラエスといふ文士がゐました。

 彼は「芸者や僧侶などの例外を除いて、日本人はみんな結婚してゐる。だから津々浦々で、子供たちがそこいらぢうでワイワイ騒ぎをしてゐる」と、今よりもずっと貧しかった時代の日本を描写してゐます*1 。これは随筆ですが嘘だと疑ふ人はないでせう。彼が「みんな結婚してゐる」と云ふのは謂はゆるLGBTの人々も含めてといふ意味でした。見合ひ婚が人々の暮らしに確実な安定をもらたしてゐたから、少子化の問題も生じなかった。

 LGBTでなくても、人と上手に交際できないひとは沢山ある。それが今はなぜ、夫婦は性愛によらなければ結ばれなくなったのか。

 実は同衾を重ねるに至ればきっと醒める、とりわけ性愛に夢中になる者にとってはいっときの情にすぎない恋愛感情などといふものを、いつしか日本人は浅はかにも、殊更に尊むやうになった。私たちは今日、この新約聖書一流の規範に基づいた、いはゆるノーマルな性愛をする人々の性向を社会全体に押し付けてゐます。*2

 すなはち進駐軍が民政局などを通じて日本人を指導した、曰く「民主主義」を、私たちは文字どほり有り難く奉ったのでした。彼の指導は民政局から戦後体制へと移譲して、かうして今日に至ってゐる。まさに絵に描いたやうな、我々は曲学阿世の徒であった。

 かくして私たちは幸多かった見合ひ婚の習慣を捨てゝ、今日のやうな薄幸にすゝんで身を投じた。それは国学(先祖の教へ)を捨てゝ異教を私たちの学問の基礎にした結果でした。それを「ひとつ覚え」だと省みることができないほど、私たちは粗忽になってゐた。幕末の志士たちのやうに国学を基礎として、そのうへで洋学をやったらよろしいのですが、狂人といふのは何でも極端で一辺倒なのです。この先例を見ると、国学を学問の基礎としたとき、はじめて外来の学問が活きることが判る。では狂人とは何か。

 かつてチェスタトンといふイギリス人がこれに答へて言ったとほり、それは「理性以外のすべてを失った者」であった。現に私たちは精神鑑定を受けたとしても「正常」と判定される人種であった。このとき理性は、己の理解を以て平然と先祖の教へに背いたのでした。

 さういへばおやの教へを恒に何よりも有り難く顧み、大事にしてゐた時代の日本人は、毎日働かなくても充分食べてゆけたし、ましてや今日の私たちのやうに頻々と「絶望」して、鉄道の軌道に飛び込んだりはしなかった。

R8.1.28  ミソラ通信

 

*1 W・モラエス著『日本精神』

 

*2 その統計などの資料を整理した動画↓

*3 およそ国学とは古事記を学ぶことです↓

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▼関連動画|本文中の動画で引用したノーカットの証言