ボツにされた記事の方が面白い

ボツになった記事などを掲載してゐます。よその媒体の取材中に、ゆくりなく逢着する情報は、媒体にとっては無価値だからこそ、この紙幅で至福の記事になる…かもです。

人身事故の現場を見ました

 鉄道の、謂はゆる人身事故の現場に、先日はじめて逢着いたしました。

 階段を降りてプラットホームに出ると、入線する電車が長く警笛を鳴らした。それから三両ほど入線したところで停車した。

 それは去る令和8年4月9日(木曜日)、JR京浜東北線・港南台駅着の上り電車であり、事故はこの電車が定刻どほり午前11時19分に駅に到着せむとした際に起きました。

 すいてゐる時間帯だった。下車する際の都合でホームの下り側に向かって歩いてゆくと、その事故を目撃したおぢさんがゐた。おぢさんは「やめろよ、と言ってる間に飛び込んでしまった」と話してゐた。

 それで誰かが自裁したのだと判った。飛び込んだのは30代の男性ださうで、彼は電車が減速する直前に己の身体を電車にぶつけるために、ホームのいちばん下り側の端からホームドアを乗り越えて、上り電車に身を投げたのでした。

 鉄道は摩擦抵抗が少ないのでエネルギー効率がよろしく、謂はゞ滑るやうに走るから、大量輸送に向いてゐる乗り物でございます。そのかはり自動車のやうには急停車できない。だから仏さんは、なんと電車の三両目か四両目の下にゐた。

 駅員が我々に放送で状況を知らせた後で、すぐに警察官が走って現場に来た。それから担架を持った消防士たちも来た。

 これがしばしば耳にする「人身事故」といふものだった。

 駅で電車を待ってゐた人々も、はじめ写真を撮って遊んでゐた下校途中の高校生たちも、事情が分ってからは誰もが、まるで何事もなかったかのやうに静かに晏然としてゐた。小欄以外に事故現場を見ようする者はひとりもなかった。その上り電車のなかに閉じ込められた乗客たちも、誰も立ち上がらずに、黙って座って車掌の指示を待ってゐた。むかし高倉健が主演した『新幹線大爆破』といふ映画がありましたが、あの荒誕な映画みたいに我先に下車させろと騒ぐ者は、わが国にはゐなかった。

 ときどき「自殺するひとが多いから、日本は外国よりも生き難い、不幸な国だ」といふひとがある。

 小欄は北米で暮らしたことがあるから、それがあべこべの結論だと分かる。日本では飲料水も安全も無料であり、およそ生命に関はるやうな難儀に遭遇することはない。でも外国での生活は違ふ。社会には格差が厳然としてあるし、その酷烈な現実は人々に明日の保証を与へない。すなはち彼らにとって絶望は茶飯事ちやめしごとであった。そこでは人生とは「生き残る」ことであった。だから自分から死を選択する発想にはならない。すると日本人には、ぜんぜん絶望といふものに耐性がないことが分かる。

 その事故で足止めされた人々は、は晏然といふよりも、黯然としてゐた。

 井上陽水の古い歌に『傘がない』といふのがありました。あれは「都会の人々の無関心」つまり「他人に我関せざる世情」を歌ったのだと解釈する人が多かった。それは誤りだ。見ず知らずのひとの死に、あの歌は泣いてゐるのでした。何もしてやれなくて泣いてゐるのでした。だから皆は一様に黯然としてゐたのでせう。

 これを同胞愛などといひますが、いったい同胞とは「同じお母さんから生まれた兄弟姉妹」をいふ字義でした。つまり、それが見ず知らずのひとであっても、その死に立ち会ったとき、さやうに悼むことが私たちにはあるやうでございます。

 それから2時間11分が経過した13時30分に、運転が再開されたさうです。

R8.4.12  ミソラ通信

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